子育てに大切な環境

子育てをするにあたって大切なことの一つに「環境」があると思います。それは、高級住宅街が良いとかそう言ったことではありません。私の思う環境の良さとは、治安が良く住みやすい街かどうかということです。

 
子供が生まれ、夫と今後のことを話し合いました。その時は賃貸のマンションに住んでいましたが、子供のことを考え一軒家を建てることにしました。その際に、土地柄や通うことになる学校の方針などをしっかり調べました。

 

家を建てることとなった場所は、同い年の子供を持つご家族がたくさん住まれています。ご近所の方と育児の悩みを共有したり、学校のことについてなど色々話せるので、安心して暮らすことができています。私達親が安心して暮らせる環境は、必然的に子供の安心に繋がると感じています。

 

通うことになる学校も、治安が悪いということは全くなく、真面目なのびのびとした生徒が多いと言われています。実際に通ってみなければ中身はわかりませんが、まずはしっかりした基盤を子供に提供してあげることが大切だと思います。

極度の人見知りが治ってきている

私の子は極度の人見知りです。女の子ですが、1歳を過ぎたあたりからそれが強く出るようになりました。

 

最初は、そのうち治るだろうという軽い子持ちでしたが、それがどんどんひどくなって、2歳ころには、スーパーで同じくらいの子がそばに来ると泣いてこっちに走ってきます。

 

どこにいても、同じくらいの子供にだけ人見知りを発揮し、泣いて泣いて。私の友人にも同じ年の子がいて、よく遊んでいたのですが、それも嫌がるようになり、その子の家に入ろうもんなら泣きじゃくって帰るまで泣いています。

 

このままでは幼稚園にすらいけないのではとすごく悩みました。しかし、私はめげずに、慣れさすために少しずつですがそういう場所に参加するように。動画などで子供たちが楽しく遊んでいるシーンを見せたりして、友達と遊ぶのは楽しいという気持ちを覚えさせました。

 

すると、ゆっくりではありますが、現在3歳になった娘は、知らない子が寄ってきても逃げることはなくなりました。それに、慣れてきたら親なんてほ放ったらかしで無邪気に遊んでいます。

 

子供の人見知りは、気持ちを変えてあげることで改善されていくんだと思います。

寝かしつけが少し楽になるまでの道のり

子どもの寝かしつけに苦労する方はたくさんいるかと思います。
私も、ギャン泣きする我が子に、「こっちが泣きたいよ〜」と、心折れそうになったことが多々あります。
でも最近、ほんの少しだけ、余裕が出てきました。

 
我が子が寝かしつけの時に、寝やすくなるポイントが分かってきたためです。
色んな体勢や方法を試してみて、我が子がスムーズに寝てくれるのは、
・歌を歌う
・横抱っこでウトウトするまでは縦揺れにする
・ウトウトし出したら、横揺れにする
という3つです。

 
私は歌を歌うことが好きなため、新生児の頃からずっと、寝かしつけの時には常に歌を歌っていました。すると、ギャンギャン泣いていても、歌うと泣き止み、歌を聞くようになってくれたのです。
そして歌うと同時に縦揺れにすると、ウトウトし出します。

 
あとは、歌う声を小さくしていきながら、徐々に横揺れにしていくと、寝息をたてて寝始めます。
この方法で上手くいかない時もあるし、全てのお子さんに当てはまる訳ではありませんが、寝かしつけは、色々と試してみて、合う方法が見つかれば、後はその方法を繰り返して習慣化する、これに尽きると思います。

自分の子供を見て、自分に似ているなと感じで愛しく思うこと

私には、娘が一人います。顔は主人のほうに似ていますが、性格はとても明るく、活動的で好き嫌いがはっきりしていて私によく似ているなといつも感じています。他にも、人と話すことが好きなことやおせっかいなくらい世話好きなところも似ているので、見ていてとても面白くてとても愛しく感じられます。

 
主人は、私の人好きで世話好きというか、おせっかいなところを良いと思ってくれているので、その性格を引き継いだ娘の行動も認めてくれています。

 
夫婦で一人の娘を大切に育てていくという、共通の目標を持つことで夫婦も協力でき、子育てもうまく行くのではないかと思っています。

 
結婚生活の中でで夫婦で子供を生み、二人で育てるということはとても大切なことだと感じています。一人の人間を生み、育てていく、大変さと楽しさを経験することは人生で大きなことだと思います。

 

自分がしっかりとした子供を育てることを考えると、「自分も成長しなくちゃ」と思いますし、「自分たちだけ良ければいい」という考え方を捨てて行くようになるのではないかと思います。

中学校受験、するかしないか

小学生の娘がいます。娘の小学校はなんだか勉強熱心な人が多い学校のようで、70%くらいの子が中学校受験をするそうです。ですので低学年のうちから塾に通っている子もたくさんいます。

田舎育ちの私達親は中学校受験とは無縁の子供時代だったので、どうしたらいいのか、何がいいのかよくわからず戸惑いました。公立中学校ってそんなにダメなのか、受験をするならどこがいいのか、どう準備すればいいのか…わからないことだらけです。

娘の成績は可もなく不可もなく、学校の勉強にもまあついていけているレベルです。とにかく本が大好きで、暇さえあれば本を読んでいます。また博物館や動物園なども大好きで休みの日によく出かけています。もしも受験をすることになったら、本を読む時間も遊びに行く時間もなくなるのだろうなと思うと、本当に小学生という時間を受験勉強に使ってしまっていいのだろうかと疑問に思います。夫と話し合った結果、うちは中学受験はさせないと決めました。そのかわりに小学生のうちはとことん遊ぶことにしたのです。彼女が行きたいところへ行き、見たいものを見て、やりたいことをやらせる…受験勉強にかかるお金と思えば、ある程度のことはできます。

私達の出した決断が正しいのかどうかはわかりません。結果が出るのは十数年後、それが本当の結果かも定かではありません。それでも楽しそうな娘の笑顔を励みにして、自分たちの決断を信じてあと数年の小学生生活を一緒に楽しみたいと思います。

娘はとても世話好きみたいです

娘はまだ小学生ですが、近所の小さい子達の面倒をよく見ています。私もそうだったのです。私は三人兄弟の長女でした。いつだって妹たちの面倒を見ていたのです。両親が共働きだったので、私が母親代わりに育ててきました。

だから私にとてもよく似ているのです。見た目は夫そっくりなのに、中身はまるで私そのままだと言われます。子供ができたら、絶対私には似ないでほしいと思っていました。できる事なら夫みたいな、純真無垢な子供になってほしいと思っていたのです。それなのにやはり私に似てしまったみたいです。

でも夫からは私そっくりで嬉しいと言われました。ここまで世話好きな人はいないから、私のようになってくれて嬉しいと言われました。

すでに両親のいない私は、夫の両親をとても大事にしています。本当の両親のように思っているのです。介護もしていますが、それは当たり前だからしているだけなのです。

でもそれは世話好きの私だからできる事だと、そう言われているのです。だから娘にもそうなってほしみたいです。

子供には遊び感覚でしつけていました

しつけというと、とても怖く聞こえてくると思います。それに無理やりやらせているようにも思えるのです。だから私はしつけは遊びとして覚えさせたのです。

 
大好きなお人形を使って覚えました。お人形さん同士が会ったら、こんにちわと挨拶します。別れる時はさようならです。そしてありがとう、いただきますなど簡単にお人形遊びをしながらできるのです。とても簡単なので、娘は早く覚えてくれました。

 
最初はお人形だけでしたが、外で近所のおばあちゃんに会ったらちゃんとおはようございますと言っていたのです。私が教えたわけではないのです。遊びで覚えただけだと思います。実践で覚えてくれたと思います。

 
遊びながらしていた事が、普段でもちゃんとできるようになってきていたのです。そんな娘の姿を見ていたら、私はとても嬉しくなりました。

 

しつけていないのに、覚えてくれた娘にはとても感謝です。
このように遊びを通してできるしつけは、とても多いと思うので実践したほうがいいでしょう。

二人目の子育て、一人目とどう違う?

最近二人目を出産しました。
出産して初めて「一人目の時とこんなに違うなんて!」を痛感しています・・・。

 

まず最初の違いは「外出」。上の子はすでに小学生、親の送迎が必須の習い事をしているために下の子が生後数か月だろうと一緒に連れて歩くことになってしまいました。
さすがに生後1か月間は外出を控えましたが・・・。
上の子の時には、生後数か月であちこち連れ歩くことなんかしなかったなあといまだに思います。

 

次に「予防接種」。
上の子を出産して○年後、予防接種の種類が格段に増えているではありませんか!
今では当然のように「同時接種」が推奨されていますが、○年前はほぼありませんでした。
それも今は生後2か月からの「同時接種」。上の子の時は生後3か月目でBCGが初めての接種だったなあとまた感慨にふけってしまいました。

 

でも一番の違いは「心の余裕」だと思いました。
一人目の時、おむつ替えもミルク作りも幼稚園選びやお母さん同士のお付き合いも全部が初めてのことばかり。
慣れないこと尽くしで、肩に力が入りすぎていたなんてこともありました。

 

今は二人目。そう、なんだかんだ言ってもあらゆることが「二回目」なのです。
忘れていたおむつ替えやミルク作りも、何回かしていたらなんとなく思い出してきました。
二人目が泣いても、一人目の時のように「ああ~どうして泣いているんだろう」とおろおろすることもなく「何やっても泣くときは泣くのよね」と何かが強くなった気がします。

 

おかげで二人目が産まれた今も、何とか必要最低限の家事や育児にその他もろもろをこなしていけるんだろうなあと感じます。
一人目の子育ての時にした苦労は、今ここで本当に役立っているんだと痛感しています。
ただ、ちょっとだけ一人目の時にこの「心の余裕」があったらよかったなあとも思いつつ。

 

今は赤ちゃんの二人目。
今の大変さは今だけ、いつかは終わるとわかっているからの「心の余裕」かもしれませんが、それ以上に今のかわいさも大事にしていきたいと思います。

「健康が一番!」をいつも心に

我が家の小学3年生の息子は、8ヶ月の赤ちゃんのときに細菌性髄膜炎に罹りました。原因菌は肺炎球菌でした。当時はまだ、髄膜炎ワクチンは存在していなかったのです。

 

病院では、「死亡の確率は3割、後遺症が残る確率は4割」と言われ、私は脳みそに鳥肌が立つような感覚を覚えました。しかし、なぜか私には「この子は大丈夫!」という根拠のない直感的な意識があり、とても冷静に自分自身と息子に向き合うことができたのです。

 

結果、髄膜炎量と言われる大量の抗生剤の点滴を終えたちょうど2週間目の日に、経過良好で退院することができたのです。その後、期間をおいて脳波や聴力の検査など、何度か受けましたが、全て異常無しという結果で、医者からは「ラッキーと思った方がいいですね。」と言われたほどでした。

 

その後、息子には重度の食物アレルギーがあることが判明しましたが、私たち家族にとっては、大きな問題ではありませんでした。命にかかわる大病を乗り越え、とても元気で、そればかりか運動能力もピアノの能力にも恵まれ、とても魅力的な男の子に育っているのですから!この先どんな困難があろうとも、「健康が一番!」を胸に頑張っていこうと思います。

きょうだいの有無について

私には高校生の娘がいます。
これは娘が幼稚園から小学生の低学年にかけてのことです。

 

私にはダウン症の妹がいます。そのため結婚するまで親からたくさん理不尽の事をいわれてきました。
けれど妹には全く逆の態度をとられ、妹中心の生活で自分の希望は全くといってきいてもらえませんでした。

 

そういう家庭環境だったことから、きょうだいがいてよかったと思ったことはありません。そのため娘がうまれたとき、きょうだいを作ろうという考えはありませんでした。

 

幼稚園に娘が入ったときよく周りから「きょうだいはいたほうがいいわよ。」といわれたのです。周りの話を聞いても全くきょうだいがいてもいいとは思わなかったです。

 

逆にいたら娘は長女になるので、私と同じように上にうまれたということで嫌な思いや苦労をするという考えが大きかったです。

 

幼稚園のときは娘も「きょうだい、ほしいな」といったこともありました。けれどおおきくなるにつれ、まわりのきょうだいのケンカしたり親のしかり方や接し方をみていて小学校にあがって少ししてから「きょうだいいなくてよかった」といってきたのです。

 

正直驚きましたが、周りを見ていてそう思ったのだと思いました。世間一般的に、きょうだいがいて当たり前みたいな風潮がありますが、私はきょうだいがいなくても子供はたくましく、そして親や友達などに対して優しい子に育つと考えてます。