子供には遊び感覚でしつけていました

しつけというと、とても怖く聞こえてくると思います。それに無理やりやらせているようにも思えるのです。だから私はしつけは遊びとして覚えさせたのです。

 
大好きなお人形を使って覚えました。お人形さん同士が会ったら、こんにちわと挨拶します。別れる時はさようならです。そしてありがとう、いただきますなど簡単にお人形遊びをしながらできるのです。とても簡単なので、娘は早く覚えてくれました。

 
最初はお人形だけでしたが、外で近所のおばあちゃんに会ったらちゃんとおはようございますと言っていたのです。私が教えたわけではないのです。遊びで覚えただけだと思います。実践で覚えてくれたと思います。

 
遊びながらしていた事が、普段でもちゃんとできるようになってきていたのです。そんな娘の姿を見ていたら、私はとても嬉しくなりました。

 

しつけていないのに、覚えてくれた娘にはとても感謝です。
このように遊びを通してできるしつけは、とても多いと思うので実践したほうがいいでしょう。

二人目の子育て、一人目とどう違う?

最近二人目を出産しました。
出産して初めて「一人目の時とこんなに違うなんて!」を痛感しています・・・。

 

まず最初の違いは「外出」。上の子はすでに小学生、親の送迎が必須の習い事をしているために下の子が生後数か月だろうと一緒に連れて歩くことになってしまいました。
さすがに生後1か月間は外出を控えましたが・・・。
上の子の時には、生後数か月であちこち連れ歩くことなんかしなかったなあといまだに思います。

 

次に「予防接種」。
上の子を出産して○年後、予防接種の種類が格段に増えているではありませんか!
今では当然のように「同時接種」が推奨されていますが、○年前はほぼありませんでした。
それも今は生後2か月からの「同時接種」。上の子の時は生後3か月目でBCGが初めての接種だったなあとまた感慨にふけってしまいました。

 

でも一番の違いは「心の余裕」だと思いました。
一人目の時、おむつ替えもミルク作りも幼稚園選びやお母さん同士のお付き合いも全部が初めてのことばかり。
慣れないこと尽くしで、肩に力が入りすぎていたなんてこともありました。

 

今は二人目。そう、なんだかんだ言ってもあらゆることが「二回目」なのです。
忘れていたおむつ替えやミルク作りも、何回かしていたらなんとなく思い出してきました。
二人目が泣いても、一人目の時のように「ああ~どうして泣いているんだろう」とおろおろすることもなく「何やっても泣くときは泣くのよね」と何かが強くなった気がします。

 

おかげで二人目が産まれた今も、何とか必要最低限の家事や育児にその他もろもろをこなしていけるんだろうなあと感じます。
一人目の子育ての時にした苦労は、今ここで本当に役立っているんだと痛感しています。
ただ、ちょっとだけ一人目の時にこの「心の余裕」があったらよかったなあとも思いつつ。

 

今は赤ちゃんの二人目。
今の大変さは今だけ、いつかは終わるとわかっているからの「心の余裕」かもしれませんが、それ以上に今のかわいさも大事にしていきたいと思います。

「健康が一番!」をいつも心に

我が家の小学3年生の息子は、8ヶ月の赤ちゃんのときに細菌性髄膜炎に罹りました。原因菌は肺炎球菌でした。当時はまだ、髄膜炎ワクチンは存在していなかったのです。

 

病院では、「死亡の確率は3割、後遺症が残る確率は4割」と言われ、私は脳みそに鳥肌が立つような感覚を覚えました。しかし、なぜか私には「この子は大丈夫!」という根拠のない直感的な意識があり、とても冷静に自分自身と息子に向き合うことができたのです。

 

結果、髄膜炎量と言われる大量の抗生剤の点滴を終えたちょうど2週間目の日に、経過良好で退院することができたのです。その後、期間をおいて脳波や聴力の検査など、何度か受けましたが、全て異常無しという結果で、医者からは「ラッキーと思った方がいいですね。」と言われたほどでした。

 

その後、息子には重度の食物アレルギーがあることが判明しましたが、私たち家族にとっては、大きな問題ではありませんでした。命にかかわる大病を乗り越え、とても元気で、そればかりか運動能力もピアノの能力にも恵まれ、とても魅力的な男の子に育っているのですから!この先どんな困難があろうとも、「健康が一番!」を胸に頑張っていこうと思います。

きょうだいの有無について

私には高校生の娘がいます。
これは娘が幼稚園から小学生の低学年にかけてのことです。

 

私にはダウン症の妹がいます。そのため結婚するまで親からたくさん理不尽の事をいわれてきました。
けれど妹には全く逆の態度をとられ、妹中心の生活で自分の希望は全くといってきいてもらえませんでした。

 

そういう家庭環境だったことから、きょうだいがいてよかったと思ったことはありません。そのため娘がうまれたとき、きょうだいを作ろうという考えはありませんでした。

 

幼稚園に娘が入ったときよく周りから「きょうだいはいたほうがいいわよ。」といわれたのです。周りの話を聞いても全くきょうだいがいてもいいとは思わなかったです。

 

逆にいたら娘は長女になるので、私と同じように上にうまれたということで嫌な思いや苦労をするという考えが大きかったです。

 

幼稚園のときは娘も「きょうだい、ほしいな」といったこともありました。けれどおおきくなるにつれ、まわりのきょうだいのケンカしたり親のしかり方や接し方をみていて小学校にあがって少ししてから「きょうだいいなくてよかった」といってきたのです。

 

正直驚きましたが、周りを見ていてそう思ったのだと思いました。世間一般的に、きょうだいがいて当たり前みたいな風潮がありますが、私はきょうだいがいなくても子供はたくましく、そして親や友達などに対して優しい子に育つと考えてます。

野球を通した我が家の息子への子育て

私は現在、40代半ばの男性会社員です。私には小学3年生の息子がいるのですが、私が中学時代まで野球をやっていたこともあり、息子も保育園の年中から私とキャッチボールをし始めました。はじめは私も下手で投げてあげながらのキャッチボールでしたが、年長の頃にはゆるめのボールならきちんと捕れるまでに成長しました。

 
小学校に入学してからはノックをしてあげたりと、二人で行なう練習内容も少しずつ変わっていきました。

 
そして、3年生になった今年、地元の野球チームに入団しました。野球チームに入ると息子はさらに野球にハマり、TV中継やネット動画、そして野球ゲームにも夢中になっていき、プロ野球選手の名前などもどんどん覚えていきました。

 
野球チームの練習は平日が週に2日あり、土日は朝8時半くらいから夕方まであります。私もチームのサポートになればと土日は参加しているのですが、終わって家に帰るとクタクタになります。それでも息子は「これからバッティングセンターに連れてってほしい」と私にせがんできます。

 
疲れているので私は行きたくない気持ちがあっても、ここで断ってしまっては息子の可能性を失くすことにもつながるので、なるべく自主練習にも付き合ってあげています。